不可抗力条項についての検討

1. 不可抗力免責条項とは

契約書の一般条項の一つとして、不可抗力免責条項が設けられることがあります。
たとえば、以下のような条項です(*1)。

第XX条(不可抗力免責)

本契約の契約期間中において、天災地変、戦争、暴動、内乱、自然災害、法令の制定改廃その他甲及び乙の責に帰すことができない事由による本契約の全部又は一部の履行遅滞若しくは履行不能については、甲及び乙は責任を負わない

本記事では、不可抗力免責条項と民法との関係性等について、検討したいと思います。

2. 民法415条1項ただし書と不可抗力免責条項

不可抗力条項と民法との関係でまず留意したいのは、民法415条1項ただし書です。

民法415条1項
「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

民法415条1項ただし書では、「債務者の責めに帰することができない事由」により債務不履行が発生した場合、債務者は債務不履行の損害賠償責任を負わないとされています。

したがって、天災地変等の不可抗力的事象による免責については、不可抗力条項がなかったとしても、民法415条1項ただし書においてカバーされているといえます。

そうすると、「何のために契約書に不可抗力条項を設けるのか?」ということにもなり得ますが、私としては、不可抗力条項のメリットは、
①個別の天災地変的な事象が不可抗力免責事由に該当するか否かの予見可能性を高める効果
②免責事由に該当する場合の効果やその後の手続を定めることの有用性
③不可抗力的事象が発生した難しい状況において、両当事者で契約解釈につき争いなく物事を前へ進められること
にあると考えます。

不可抗力条項の適用が問題となる頻度は決して高くはないと思います。
しかし、実際に問題となる場面は、緊急かつシビアな状況であることが多いはずです。
したがって、適用が想定される場面を考え、緊急の場面でも争いなく安心して物事を進められるよう、不可抗力条項をドラフティングしておくことは重要であると思います。

留意したいのは、債務者側で不可抗力条項を作成する場合に、民法の規定より免責範囲が狭くならないほうが望ましいということです。

3. 不可抗力とは何なのか

話が戻りますが、そもそも「不可抗力」とは何なのでしょうか。何か定義はあるのでしょうか?
定着した定義があるとすれば、不可抗力的事象の範囲もクリアになります。

しかし、結論としては、法令において「不可抗力」についての定まった定義はなく、判例・学説でも一義的に定まっているとはいえない状況にあります(*2)。

不可抗力免責条項の概念が英文契約書や外国法に由来すると思われること、債務不履行と帰責事由に関する民法の伝統的議論、改正民法の415条1項ただし書との関係性から、どちらかといえば議論は錯綜している状況であると認識しています(*3)。

難しい話ですが、私の理解では、民法415条1項ただし書の「債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」と「不可抗力」とで包含される範囲とを比較すると、前者のほうが包含される範囲が広いように思います(中田博康「債権総論(第4版)」160頁も参照)。

このような不可抗力の射程範囲に関する議論の状況をも踏まえると、不可抗力条項を定める場合は、「不可抗力」という文言と民法の規律の関係性も意識しておく必要があると考えております。

4. 外国法が準拠法である場合の不可抗力免責条項

以上は日本法を準拠法とする場合の議論です。国際取引の場合は、別の考慮が必要になると思います。

日本法を準拠法とする場合、契約当事者の責任とすることが出来ない事由の包括的バスケット条項(「その他いずれの当事者の責めにも帰することができない事由」など)に依拠する方針とし、不可抗力事象の例示列挙を控え目にすることも有力であると思います。

他方で、外国法を準拠法とし、かつ、外国の裁判所で契約書の解釈が問題となる場合、「例示列挙されていない=不可抗力的事象から排除している」との疑義が生じる可能性があるため、不可抗力条項においては、可能な限り、詳細に予想される不可抗力的事象を列挙すべきというのが基本方針になると考えます(*4)。

さらに準拠法や裁判管轄次第では、あえて不可抗力的事象の個別的な記載を避け、「契約当事者の合理的な支配の及ばない事項(beyond the reasonable control of the party concerned)」のように記載する方針もあり得ます。

5. まとめ

不可抗力条項の適用が問題となることは稀な事態ではありますが、いざ問題となる場合は緊急かつシビアな状況であると思います。

そのような場合も想定し、民法との関係性も踏まえ、また適用が想定される場面において適切に機能する不可抗力条項を設けておくことが重要であると考えます。

*1 一例として、農林水産省策定の「データ・ノウハウ等提供契約書」案(PDF)の不可抗力免責条項の条文を一部改変して挙げています。
*2 民法419条3項では「不可抗力」という用語が用いられています。
・民法419条3項「第一項の損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない。」
・「不可抗力をもって抗弁とすることができない」の意義について、金銭債務については一切の免責を認めないとする厳格な立場(多数説)と、目的物調達不能以外の不可抗力については免責され得るとする立場に分かれるとされます。
・「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったとき」には、債権者は、反対給付の履行を拒むことができるとされています(民法536条1項)。
*3 民法改正前は、そもそも債務者の責めによらない事由に基づく履行不能の場合には損害賠償責任を負わない旨のみが定められておりました。民法改正により、債務不履行全般について、債務者の責めによらない事由での債務不履行の場合には損害賠償責任を負わない旨が明確化されました。民法415条1項は、「従来の実務運用を踏まえ、帰責事由についての判断枠組みを明確化した」ものにすぎない、とされております(「一問一答 民法(債権関係)改正」75ページ)。
*4 ご参考として、国際物品売買契約に関する国連条約(PDF)(CISG)79条において、免責条項が定められております。