「翻訳サイトで訳したら大体意味は理解できた。でも原文を読めないので翻訳の正しさはチェックできない」
「標準的な内容に見える。でも本当に標準的かリスクがないかは測りかねている」
「よくわかっていないところもあるが、大丈夫だろう。日本語の契約書よりも修正や交渉は難しいから、このまま進めようか」
ーー 英文契約書を、直感だけで進めてはいませんか。
英文契約書の難しさは、読めることと、理解できることの間にある大きな距離にあります。翻訳ツールの精度が上がった今、意味は取れる。でも、その条項が自社にとって有利か不利か、業界標準から外れていないか、将来トラブルになる余地を残していないか、そもそも翻訳は正しいのか——そこは、法的知識とビジネスの文脈を重ねて初めて見えてきます。
本記事では、英文契約書が届いた場面を想定し、担当者が実務上押さえるべき対応を順を追って解説します。
英文契約書を確認する際の視点は、大きく次の四つに整理できます。

以下では、契約書の全体像の把握から、要注意条項・欠落条項の確認まで、順を追って解説します。
英文契約のレビュー・作成・修正案作成については、こちらのページで詳しくご案内しています。
1. まず何を確認するか——契約書の全体像を把握する
相手方が作成した英文契約書を受け取ったら、条項の詳細に入る前に、まず以下の点を確認します。
① 契約タイトルの確認・契約類型の特定
届いた契約書のタイトルを確認し、どのような類型の契約書かを特定します。
売買契約(Sales Agreement)、代理店契約(Distributor Agreement / Agency Agreement)、秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement)、ライセンス契約(License Agreement)など、事前に協議をしていた類型と合致しているかどうか。また、契約類型によって確認すべき条項の優先順位が異なります。
② 相手方当事者の確認
通常、冒頭に当事者が記載されていますので、相手方の名称を見ます。連絡を取っていた会社であるか(グループ会社などでないか)、所在地はどこなのかをチェックします。万が一知らない会社である場合、注意が必要です。
誰と誰が、何の目的で、いつからいつまで締結する契約かを確認します。当事者欄(Parties)に記載された会社名・住所・署名権限者の肩書きも確認しておきます。
③ 準拠法・紛争解決条項の確認
後述しますが、準拠法(Governing Law)と紛争解決条項(Dispute Resolution)は、全体像の把握の段階で必ず確認します。
これらの条項は、契約書の他のすべての条項の解釈・効力に影響するためです。
④ CISGの適用の有無(物品売買の場合)
物品の国際売買契約の場合、国連のウィーン売買条約(CISG)が自動的に適用される可能性があります。準拠法として日本法を指定した場合でも適用され得るため、適用するか排除するかを意識的に検討する必要があります。
2. 要注意条項——見落としやすいポイント
相手方が作成した英文契約書は、通常、相手方に有利な内容で作成されています。以下の条項は、日本の担当者が見落としやすく、後になって重大な問題となるリスクが高い条項です。
(1)準拠法・紛争解決条項
準拠法(Governing Law)は契約書の解釈・効力を支配する法律を、紛争解決条項(Dispute Resolution)は「どの国の裁判所で争うか」「仲裁か訴訟か」を定める条項です。
見落とされがちなのは、勝訴判決を強制執行できるかどうかという問題です。
たとえば、日本の裁判所を管轄裁判所と定め、日本で勝訴判決を得たとします。しかし相手方が中国企業であれば、日本と中国の間には民事判決の相互承認に関する条約関係がなく、中国国内での強制執行が認められないケースがあります。つまり、裁判に勝っても回収できない、という事態が起こり得ます。
「日本の裁判所で争える」という条項が、実は自社にとって不利に働く——こうした逆転は、法体系をまたいだ視点なしには見えてきません。
(2)損害賠償の上限・免責条項(Limitation of Liability)
英米法の商慣習では、損害賠償の上限額を設定する条項(cap条項)や、間接損害・逸失利益の免責条項が標準的に盛り込まれます。たとえば「In no event shall either party be liable for any indirect, incidental, special or consequential damages」という記載がある場合、間接損害・逸失利益は請求できません。
上限額が「過去12か月の支払額」に設定されている場合、取引金額が小さければ賠償額も極めて限定されます。日本法の感覚のまま受け入れると、後になって多大な損害を被るリスクがあります。
こうした条項について個別の契約内容を踏まえた検討が必要な場合は、 英文契約・国際法務のサービスページもご参照ください。
(3)表明保証(Representations and Warranties)
契約締結時点での事実の正確性を保証する条項です。違反した場合の効果が日本法の感覚とは異なり、英米法では損害賠償のみならず契約解除・補償(indemnification)の対象となり得ます。自社が表明できない内容が含まれていないか、保証期間・保証範囲が適切かを確認します。
(4)不可抗力条項(Force Majeure)
天災・戦争・政府規制など、当事者の支配を超えた事由による履行不能・遅滞を免責する条項です。
見落とされやすいのは、何が「不可抗力」に該当するかは、条文に書かれていることがすべてだという点です。
たとえば、パンデミックによるサプライチェーンの混乱が発生したとします。契約書に「pandemic」や「epidemic」の記載がなければ、不可抗力として免責されない可能性があります。一方、相手方の契約書に包括的な不可抗力条項が盛り込まれていれば、相手方だけが免責され、自社は履行義務を負い続けるという非対称な状況が生まれます。
「常識的に考えれば免責されるはず」は、国際契約では通用しません。
不可抗力条項の実例として、ホルムズ海峡封鎖を題材とした詳細解説記事もあわせてご参照ください。
(5)契約解除条件(Termination)
Material Breach(重大な契約違反)の定義・解釈、違反後の治癒期間(cure period)の有無、解除後の効果(在庫・顧客情報・競業禁止等)を確認します。
(6)知財の帰属・ライセンス条項
業務委託・共同開発を含む契約では、成果物の知財帰属が曖昧なまま締結されているケースがあります。「Work for Hire」条項の有無、バックグラウンドIP(既存知財)とフォアグラウンドIP(新規創出知財)の区分、ライセンスの範囲・地域・期間を確認します。
3. 欠落している条項を見つける——「ないこと」の危険性
相手方が作成した契約書には、相手方に不利な条項は最初から入っていません。「特に問題なさそう」に見える契約書ほど、自社に必要な保護が抜けている可能性があります。
たとえば、代理店契約書で独占(exclusive)か非独占(non-exclusive)か。非独占の意図であるのにその旨が記載されていない場合、現地代理店法その他の解釈により、貴社の意図しない方向で「独占」と解釈されてしまうおそれがあります。また、取引基本契約(売主側)で代金支払条件が明記されていない場合、売買代金がどのタイミングで、どのような方法で支払われるかが不明確となってしまうおそれがあります。
「書いていないから問題ない」ではなく、「書いていないから危険だ」という視点で契約書を読む必要があります。確認すべき欠落条項は契約類型や立場によって異なりますが、いずれにおいても、相手方提示の契約書をそのまま受け入れることは避けるべきです。
売主側が確認すべき欠落条項
- 所有権留保条項(代金完済まで所有権が移転しない旨)
- 危険負担の移転時期(引渡し時か、検収完了時か)
- 検査・受入条件の明確化(検査期間・合否基準)
- 代金支払条件・遅延損害金
買主側が確認すべき欠落条項
- 品質保証・契約不適合責任(Warranty)
- 納期遅延時のペナルティ・損害賠償
- 知財侵害の補償(Indemnification)
- 第三者クレームへの対応義務
代理店契約のメーカー(ベンダー)側が確認すべき欠落条項
- 販売地域の排他性・非排他性の明記
- 最低販売数量・販売目標条項(未達の場合の効果)
- 契約終了後の在庫の買取・返品・廃棄の取扱い
- 顧客情報・顧客リストの帰属と取扱い
- 競業禁止条項(契約終了後の期間・地域・対象製品)
- サブ代理店の選任に関する制限
4. AIと機械翻訳の活用と限界
AIや機械翻訳は、英文契約書の初読・対訳作成・標準条項の確認において有用なツールです。翻訳精度は向上しており、全体像の把握やドラフト作成の補助として活用できます。
ただし、以下の点については代替できません。
- 取引固有のリスクの特定:この取引のイレギュラーな点は何か、それをカバーする条項をどう組み込むか。商流・取引背景の理解が前提となります。
- 「書いていないこと」の発見:欠落条項のリスクは、条文を読むだけでは気づきにくく、経験に基づく視点が必要です。
- 準拠法・紛争解決の選択:どの国の法律・裁判所を選ぶかは、強制執行の実効性と交渉戦略の問題です。
- 交渉の落としどころの判断:どこまで受け入れ、どこで譲らないかは、法的判断とビジネス判断の組み合わせです。
5. 締結方法の実務
英文契約書の内容に合意したら、次は締結手続です。日本の実務と異なる慣行を知らないまま進めると、後から「あの署名は無効だった」「電子署名が認められない国だった」という事態になりかねません。
(1)ページごとのイニシャルサイン
英文契約書では、各ページの欄外にイニシャルを記入する慣行があります(ページイニシャル)。日本の「袋とじ・割印」と同様の趣旨で、契約書の内容が後から差し替えられることを防ぐための実務的な対策です。国際取引では袋とじは一般的ではなく、ページイニシャルが広く用いられています。
(2)署名ブロックと署名権限者の確認
英文契約書の署名欄(Signature Block)では、署名(Signature)の下に氏名・肩書きを活字体(Print Name / Block Letters)で記載します。誰が署名したかを明確にするためです。
見落とされやすいのが、署名権限者の確認です。相手方の署名者が契約締結の権限を持つか——代表者か、授権を受けた者かなど——を事前に確認しておかないと、後から「あの契約は権限のない者が署名したので無効だ」と主張されるリスクがあります。
(3)電子署名の活用と注意点
DocuSign・Adobe Sign等の電子署名サービスは国際取引での利用が普及しています。ただし電子署名の法的効力は各国の法律によって異なります。たとえば中国では、外国の電子署名サービスによる署名の法的効力が認められないケースがあります。電子署名を利用する場合は、相手方国の法令との適合性を事前に確認することが必要です。
6. 専門家への相談タイミング
英文契約書への対応は、すべてを専門家に委ねる必要はありません。しかし、以下の場面では、専門家への相談・依頼を検討することをお勧めします。
- 準拠法・裁判管轄の選択に迷いがある
- 損害賠償の上限・免責条項が相手方に著しく有利に見える
- 表明保証の内容が自社の実態と合致するか判断がつかない
- 業種固有の規制(薬機法・輸出管理等)との整合性が不明
- 相手方から修正提案があり、どこまで受け入れるか判断が難しい
- 欠落条項の有無を確認したい
「全部レビューしてもらう」だけでなく、「この条項だけ見てほしい」「修正案の妥当性を確認してほしい」というスポット的な相談から入ることも有効です。英文契約書への対応は、専門家との協働によって、リスクを大幅に低減できます。
英文契約書、「大丈夫だろう」で進めていませんか?
「読めた気がする」と「リスクを理解している」の間には、大きな距離があります。
準拠法・責任制限・欠落条項——見落としは、契約後に発覚します。
- この契約、このまま進めて問題ないか確認したい
- 準拠法・裁判管轄の選択に迷っている
- 特定の条項だけリスクを見てほしい
英文契約について「この内容で進めてよいか」と迷われた段階でのご相談も可能です。
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