製造・サプライチェーン法務 2026年第1四半期(Q1)レビュー

──取適法施行・関税変動・イラン危機が契約実務に与える影響と対応指針

2026年の第1四半期、製造業を取り巻く法務環境は大きく動きました。

国内では、20年以上ぶりの大改正となる「取適法」が1月1日に施行され、委託取引のルールが刷新されました。海外では、米国の関税政策が急変動するとともに、2月に発生したイラン危機により、グローバルなサプライチェーン契約の前提が揺らいでいます。

皆さまの会社の契約は、今の現実に対応できているでしょうか。

本稿では、2026年第1四半期の動きを、製造・サプライチェーン法務の観点から整理したうえで、今確認すべき契約上のポイントを解説します。

1. 2026年Q1を一言で:大きな環境変化があった

→ 外部環境の変化に、契約が追いついていない。

製造業のサプライチェーンを取り巻く環境が、国内外で同時に動きました。国内では取適法の施行により製造委託取引のルールが刷新され、国際では米国関税の急変動やホルムズ危機が固定価格契約・長期供給契約のコスト負担を直撃しています。

そしてこの両方に共通するのが、「既存の契約書が、いまの現実に対応できていない」という問題です。

2. 国内動向:取適法施行から3か月

(1) 取適法とは何が変わったのか

2026年1月1日、「下請法」が「中小受託取引適正化法(取適法)」として全面的に改正・施行されました。名称の変更にとどまらず、委託取引のルールが大きく刷新されています。

主要な変更点は、以下のとおりです。

① 適用対象の拡大(従業員基準の追加)

従来の資本金基準に加え、従業員数による基準が新設されました。 資本金が小さくても従業員数が300人を超える企業は「委託事業者」 として規制対象となります。「うちは資本金が小さいから対象外」 という判断が通用しなくなっています。

価格協議義務の明文化

受託事業者から価格協議の申し入れがあった場合、委託事業者はこれを無視したり先送りしたりすることが明確に禁止されました。「値上げ交渉を黙殺する」「何度も先延ばしにする」といった対応が、取適法違反として問題となり得ます。

③ 手形払いの禁止

支払手段としての約束手形が原則禁止されました。受領日から60日以内の現金払い(銀行振込等)が求められます。長年の商慣習として手形を使用してきた製造業では、支払フローの見直しが急務です。

振込手数料についても、委託事業者が負担することが求められるようになっています。
中小受託事業者側に振込手数料を負担させることは、合意の有無にかかわらず、減額として問題となり得ます。

④ 金型・治具等の対象拡大

従来は「金型」のみが対象でしたが、木型・治具・工具なども取適法の保護対象に加わりました。製造現場で広く使用されている これらの型・工具類についても、無償保管の強要や費用負担の押しつけが規制されます。

(2) 金型無償保管の勧告が急増——名前が公表されるリスク

取適法施行と並行して、公正取引委員会による「金型無償保管」への勧告が急増しています。委託事業者が受託事業者に対して、使用していない金型を無償で保管させ続ける慣行は、以前から問題視されてきましたが、勧告件数は2023年の2社から2025年には20社へと急増し、2026年に入っても、1月から3月までで10社程度が勧告を受けています(公正取引委員会:取適法(下請法)勧告一覧(令和7年度))。

勧告を受けると、企業名と違反内容が公正取引委員会のウェブサイトで公表されます。金額的なペナルティ以上に、取引先・顧客・金融機関からの信頼失墜というレピュテーションリスクが深刻です。

(3) 実務上の落とし穴:「取引基本契約を改訂していない」問題

取適法施行から3か月が経過したいま、多く見られる実務上の問題が「取適法に適合していない既存の取引基本契約をそのまま使い続けている」ケースです。

旧下請法時代に締結された取引基本契約は、当時の法規制を前提に設計されており、取適法の趣旨や新たな運用基準を十分に反映していないものが少なくありません。たとえば、価格協議の進め方や記録の残し方が契約上明確でない場合、あるいは金型・治具の保管期間や費用負担が契約に明記されず現場の運用に委ねられている場合には、取適法との関係で問題となるリスクがあります。

取適法対応の第一歩は、現在使用している取引基本契約書の棚卸しです。

取適法に関しては、当事務所の解説記事もご参照ください。
図面・仕様変更の追加費用回収戦略①
図面・仕様変更の追加費用回収戦略②

3. 国際動向:関税変動がサプライチェーン契約を揺さぶる

(1) 米国関税の急変動と日本の製造業への影響

2025年から2026年にかけて、米国の関税政策は急激な変動を続けています。トランプ政権による広範な追加関税の発動と、その後の一部停止・再発動という展開は、グローバルなサプライチェーンを組む日本の製造業に直接的な影響を与えています。

問題は関税の負担額だけではありません。「いつ、どの程度の関税が課されるか」が読めない状況が続いていること自体が、契約実務上のリスクになっています。固定価格で締結した長期契約において、関税コストの急増をどちらが負担するのか。その答えが契約書にない企業が少なくありません。

(2) 「契約の空白地帯」

そのため、「関税リスクを前提とした条項設計の欠如」が指摘されることがあります。

多くの企業が締結している既存の国際サプライチェーン契約には、こうした変化を想定した条項が十分に盛り込まれていません。具体的には以下のような「空白」が問題となっています。

不可抗力条項の限界

「政府による行為」が不可抗力事由として列挙されていても、関税の発動・変動がこれに該当するかどうかは一律には決まりません。欧米の裁判例では、関税による価格上昇だけでは不可抗力として認められないケースが相次いでいます。不可抗力条項は履行免除のための条項であり、コスト増加の転嫁を正当化する根拠にはなりにくいのです。

価格調整条項の不在

原材料費・エネルギーコストの変動に連動した価格調整条項(Price Adjustment Clause)や、ハードシップ条項(Hardship Clause)が契約に盛り込まれていない場合、関税コストの急増を相手方に転嫁する法的根拠がありません。固定価格契約のまま関税が上昇すれば、そのコストはいずれかの当事者が丸ごと負担することになります。

(3) 日本の製造業への示唆

ホルムズ海峡封鎖リスクや米国関税問題が示すのは、「想定外の政府行為によるコスト急増」が現実のリスクとして顕在化しているという事実です。英文・和文を問わず、サプライチェーン契約の条項設計を見直す必要性は、これまでになく高まっています。

不可抗力条項と価格調整条項の詳細については、当事務所の解説記事もご参照ください。 → イラン・ホルムズ海峡封鎖と不可抗力条項

(4) サプライヤー財務リスクへの備え

関税・地政学リスクと並行して、サプライチェーン全体のコスト構造にも変化が生じています。エネルギー価格の変動と物流コストの高止まりを背景に、サプライヤーの財務的な脆弱性が増しているとの指摘があります。日本の製造業においても、主要な取引先の信用状況を定期的に確認し、取引基本契約に倒産・信用不安時の対応条項を整備しておくことが、改めて重要になっています。

4. 契約条項の緊急チェックポイント

国内では取適法、国際では関税変動——方向は異なりますが、両者が突きつけている問題は共通しています。「契約書は、今の現実に対応できているか」という問いです。

製造業の経営者・法務担当者が今すぐ確認すべき4つのポイントを解説します。

チェックポイント① 価格調整条項:コスト転嫁の根拠はあるか

原材料費・エネルギーコスト・関税の変動を価格に反映させるための条項が、契約に存在しているかどうかを確認してください。

英文契約では「Price Adjustment Clause」または「Escalation Clause」と呼ばれる条項がこれにあたります。変動の基準(インフレ指数・原材料指数等)、発動条件、通知方法、協議期間——これらが具体的に規定されていなければ、実務上機能しません。

和文契約の場合、「甲乙協議の上、価格を見直すことができる」という一般的な協議条項だけでは不十分なケースがあります。取適法上の価格協議義務と組み合わせ、協議に応じる義務と、協議が整わない場合の手続きまで規定しておくことが望ましいです。

チェックポイント② 不可抗力条項:「政府行為」の定義は十分か

不可抗力条項(Force Majeure Clause)が契約に含まれている場合、その「不可抗力事由」の列挙をあらためて確認してください。

特に注意が必要なのは以下の点です。

「政府行為(Acts of Government)」の射程 関税の発動・輸出規制・経済制裁などが「政府行為」として列挙されているかどうかを確認します。列挙がない場合、catch-all条項(「その他当事者の合理的な支配を超える事由」等)でカバーできるか否かは、準拠法と具体的な事実関係によって判断が分かれます。

経済的困難の取り扱い 「コストが上がって採算が合わない」という経済的困難だけでは不可抗力として認められないのが原則です。不可抗力条項はあくまで履行が不可能・著しく困難になった場合の免責規定であり、価格転嫁の根拠にはなりません。コスト転嫁を実現したいのであれば、前述の価格調整条項を別途設けることが必要です。

チェックポイント③ 取適法対応:自社は対象か、運用は適正か

取適法への対応は、まず自社と相手方との取引が適用対象かどうかの再確認から始まります。今回の改正で従業員数基準が追加されたことにより、これまで対象外と判断していた取引が新たに対象となっている場合があります。資本金基準だけで判断せず、従業員数による基準も合わせて確認してください。

適用対象と確認できた場合、次に問われるのは契約書の内容とともに、取引の実態です。取適法違反は契約書の記載の有無だけで判断されるわけではなく、実際の取引の進め方が問題となります。特に以下の点に注意が必要です。

  • 買いたたき:一方的に低い価格を押しつけていないか
  • 減額:受領後に代金を不当に減額していないか
  • 価格協議義務:受託事業者から価格協議の申し入れがあった場合、誠実に応じているか。申し入れを無視・先送りする対応は違反となります
  • 支払方法:手形払いが残っていないか。振込手数料を受託事業者に負担させていないか

公正取引委員会の調査対象となった場合、契約書の記載内容だけでなく、メール・議事録・発注書等の実態を示す資料が判断材料になります。「長年の慣行だから問題ない」という判断は、取適法施行後は通用しません。

チェックポイント④ 金型・治具:保管・費用負担の条項は明記されているか

取適法の改正により、金型に加えて木型・治具・工具も保護対象となりました。委託事業者が受託事業者に対してこれらを無償で保管させ続ける行為は、違反として勧告・公表の対象となります。

契約書または個別の合意書において、以下を明確にしておくことが必要です。

  • 保管期間と保管費用の負担者
  • 取引終了時の返還または廃棄の手続き
  • 保管費用が発生した場合の精算方法

「契約書に記載がないまま長年保管させている」という実態が最も問題になりやすいパターンです。現在の取引実態と契約書の記載内容を照合し、齟齬がある場合は早急に書面で整理することをお勧めします。

5. まとめ:製造業が今すぐ検討すべきこと

2026年Q1を振り返ると、取適法の施行・金型勧告の急増・米国関税の急変動という3つの波が、製造業のサプライチェーン契約に同時に押し寄せた四半期でした。いずれも「いつかは対応しなければ」と認識されていたリスクが、いよいよ現実の問題として顕在化してきた局面です。

Q2に向けて、今すぐ検討すべきことを3点に絞ります。

① 既存契約の棚卸し

自社が締結している製造委託契約・取引基本契約を洗い出し、取適法の適用対象となる取引を特定してください。従業員基準の追加により、これまで対象外と判断していた取引が対象に変わっているケースがあります。対象取引が特定できたら、4章のチェックポイントを順に確認することをお勧めします。

② 英文契約の価格調整条項の確認

海外サプライヤー・海外顧客との英文契約において、価格調整条項またはハードシップ条項が存在するかどうかを確認してください。「不可抗力条項があるから大丈夫」という判断は危険です。コスト転嫁の根拠は、価格調整条項として別途手当てしておく必要があります。新規契約の締結・既存契約の更新のタイミングがあれば、これらの条項を盛り込む好機です。

③ 継続的な見直しの仕組み

取適法・関税・不可抗力——今回取り上げたリスクに共通するのは、「問題が起きてからでは対処が遅い」という点です。継続的に契約を見直す仕組みを持つことが、最も合理的な対応です。

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最後に

取適法の施行、米国関税の急変動、ホルムズ海峡をめぐる地政学リスク——これらが、同時に現実の問題として顕在化した四半期でした。

いずれも一度に全てを対処する必要はありませんが、現在使用している契約書が今の法律や経営環境に対応しているかどうかを確認する契機として、可能な限り速やかに主要な取引契約の棚卸しに着手されることをお勧めします。

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