「予算はこれ以上取れないが、機能は絶対追加して欲しい」——図面・仕様が変わるたびに、受託者側で持ち出しを強いられていませんか。取適法の対象外だからといって、追加費用を請求する権利がないわけではありません。契約法理と商法512条を武器に、中堅・大企業の受託側が使える回収戦略を、元メーカー法務部の弁護士が解説します。
- 取適法が適用されない企業間取引でも、追加費用を請求する権利は民事上の正当な権利として認められる。
- 「黙示の合意」の構成により、書面合意がない場合でも追加費用請求の根拠を組み立てられる可能性がある。
- 商法512条(相当報酬請求権)は、合意の形成が困難な場合にも独立して機能する法的根拠となる。
- 図面や仕様変更履歴・工数比較表・指示の履歴・コスト計算書の4点が、請求を支える証拠の柱となる。
- 本記事が想定する取引:中堅・大企業間の部品製造委託、金型・治具の製作委託、OEM製造等。取適法の対象となる中小企業向けの戦略は、[関連記事]をご覧ください。
1. 取適法の対象外でも、請求する権利はある
「少しだけ寸法を変えてほしい」
「発注が遅れたが、納期は当初見積もりどおりにしてほしい」
「・・・うちは取適法の資本金基準も従業員基準を超えているから、取適法の適用がある中小企業のような恩恵は受けられない」
——図面変更、仕様変更、さらに必要な工程が変わるたびに労力や持ち出しを現場の努力で吸収し続けてはいませんか。
確かに、2026年1月施行の「取適法」は、主に中小企業を守るための法律です。一定規模以上の企業間取引では、その保護は受けられません。
しかし、追加費用を請求する権利は、企業の規模にかかわらず認められる「民事上の正当な権利」です。
取適法が使えない局面でこそ武器になるのが、「契約の本質」と「商法に定められた相当報酬請求権」という、より普遍的な法理です。
本記事では、取適法の対象外となる企業間取引における図面・仕様変更費用の回収戦略を解説します。
2. 「パートナーシップ」が費用請求を難しくする理由
中堅・大企業の受託側は、発注側との関係において「対等な技術パートナー」とみなされがちです。その結果、以下のような「現場の常識」が、正当な報酬請求を躊躇させる壁となっています。
- 「これくらいの変更、御社の技術力なら『想定内』でしょう?」
- 「完成まで責任を持つのがプロだ」
- 「書面はないが、阿吽の呼吸で進めるのが長年の付き合いだ」
しかし、法的な視点では、これらは単なる「期待」に過ぎず、受注側が無償で応じる法的な義務はありません。取適法の保護のない企業間取引だからこそ、こうした慣行を見直し、「契約法理」と「商行為」の原則に基づいた筋道の通った請求を組み立てることが重要です。
こうした心理的ハードルを乗り越えるために、まず「交渉」や「請求」を目指す必要はありません。最初のステップは、社内での記録習慣を始めることです。 図面の改定があった日付、追加で発生した工数、発注側からの指示の履歴——これらを淡々と記録し続けることは、相手方との関係に何ら影響を与えません。しかし、その積み重ねが、いざ交渉や請求が必要になった際の「筋道の通った根拠」へと変わります。
3. 取適法あり vs なし:何が違うのか
取適法の適用がある場合とない場合で、追加費用請求の戦略はどう変わるのでしょうか。
取適法の有無で、追加費用請求の「手段」は異なりますが、「権利がある」という点は共通です。最大の違いは、協議の強制と行政救済の有無です。
表:取適法あり vs なしの比較
| 項目 | 取適法あり(中小企業) | 取適法なし(中堅・大企業) |
|---|---|---|
| 協議の強制 | あり(5条2項4号) | なし(任意交渉) |
| 書面交付義務 | あり(4条・7条) | なし(証拠化は自主的に) |
| 行政救済 | 公取委・中小企業庁 | なし |
| 主な法的根拠 | 取適法+契約+商法512条 | 契約+商法512条 |
取適法がない場合の3つの戦略
取適法による協議強制がないため、以下の3段階の戦略が重要です。
取適法がない場合、協議を強制する手段がない分、自ら証拠を積み上げる重要性が増します。以下の3段階の戦略が、請求を支える柱となります。
表:取適法なしの場合の追加費用回収戦略
| 戦略 | タイミング | 具体的対応 | 法的効果 |
|---|---|---|---|
| ①事前の合意形成 | 契約締結時 | ・契約書に「仕様変更時は協議の上、追加費用を精算」と明記 ・基本契約で変更管理ルールを確立 |
最も確実な請求根拠を構築 |
| 変更発生時 | ・変更指示を受けたら即座に書面で確認 ・「追加費用が発生します」と明示的に通知 |
黙示の合意の証拠を作る | |
| ②証拠の徹底収集 | リアルタイム | ・図面Rev履歴を逐次保存 ・変更指示メールを時系列で整理 ・追加工数を日報・週報で記録 |
「当初契約の範囲外」を立証 |
| 着手前 | ・暫定見積を提示 ・「概算で追加○○万円」と通知 |
「無償対応」の誤解を防ぐ | |
| ③商法512条の活用 | 事後 | ・合意形成が不十分でも請求可能 ・「相当な報酬」を客観的に算定 ・実費精算型・市場価格型等で論理構築 |
最後の砦として機能 |
重要:
中堅・大企業の取引では、取適法による協議強制がないため、①事前の合意形成と②証拠収集を怠ると、③商法512条でも立証が困難になります。「変更指示を受けた瞬間」が勝負です。
4. 戦略①:契約・合意に基づく請求(明示・黙示の合意)
追加費用請求の最も明確な根拠は「合意」です。 しかし、現実の現場では、「追加費用を払う」という明示的な書面合意が得られるケースは稀です。そこで重要になるのが「黙示の合意」という法的構成です。
黙示の合意をどう構成するか
たとえば、当初「Rev.1の図面に基づく製造」として受注した案件に対し、発注側から「材質変更」「寸法の見直し」「新たな機能追加」といった指示が重なり、受注側が追加費用が掛かることを明確に示した上で対応を進めるケースがこれに当たります。
要するに、『相手が費用が掛かることを知っていながら止めなかった=合意していたとみなせる』ということです。
このように発注側からの指示が当初の給付内容を明らかに逸脱している場合など、以下の事実を積み上げることで、「有償となることについて黙示の合意があった」と主張する根拠を構成できます。
- 変更指示の特定:発注側からのメールや議事録における「追加の要求」を特定する。
- 異議・見積の提示:作業着手前(または直後)に「これは当初の範囲外であり、追加コストが発生する」と書面で通知する。
- 発注側の対応:その通知を認識しながら発注側が作業を中止させず継続させた場合、「追加費用が発生することを承知の上で発注した(黙示の合意)」と主張する余地が生まれます。
ただし、黙示の合意はあくまで「主張の構成」であり、相手方の反論も当然想定されます。立証の強度はケースバイケースであるため、できる限り明示的な書面による確認を積み重ねることが重要です。
合意の形成が困難な場合や、すでに作業が完了してしまっている場合には、次の戦略②(商法512条)が有効な選択肢となります。
5. 戦略②:商法512条(相当報酬請求権)
契約上の合意形成が曖昧だった場合にも機能するのが、商法512条です。
商法512条(相当報酬請求権)
商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる。
たとえば、委託者の要望に応えるために、追加の処理工程や新規治具の製作対応など、当初見積に含まれない作業を完了・納品した後に「それも含めての請負価格だ」と主張された場合でも、商法512条に基づく請求を組み立てる余地があります。
中堅・大企業は、営利を目的とした「商人」です。商人が営業として他人のために行為をした以上、そこには当然対価が発生するというのが商法の基本原則です。
実務上の3つの立証ポイント
- 「当初契約の範囲」を超えていること:その作業が、当初の設計思想や見積範囲を質的・量的に超えた別個のサービスであることを示す。
- 行為の特定と記録:いつ、誰の指示で、どのような作業を行ったかを具体的に記録・整理する。
- 「相当な報酬」の客観的算出:人件費、材料費、管理費に加えて、市場水準も参照しながら合理的な金額を算出する。
6. 現場の対応を「証拠」に変換する:4つの柱
追加費用を確実に回収するには、技術的な対応の事実を示す的確な証拠が必要です。
表:相当報酬を請求するための証拠資料
| 証拠の柱 | 具体的な内容 | 法的意味 |
|---|---|---|
| 図面・仕様変更履歴 | 初版から最新版までの変更箇所の対照表 | 「質的変化」の客観的証明 |
| 工数比較表 | 当初見積時の想定工数 vs 実際の工数(作業ログ) | 「量的変化」の数値化 |
| 指示の履歴 | 変更指示があったメール、議事録の抜粋 | 受注側からの自発的変更ではないことの証明 |
| コスト計算書 | 増加工数に社内単価(労務比率)を乗じた計算根拠 | 「相当な報酬」の客観的算出根拠 |
いずれの戦略も、「変更指示を受けた瞬間」の初動対応が勝敗を分けます。事後からでも手は打てますが、リアルタイムの証拠化が最も確実です。
証拠収集のタイミング
証拠は「事後」ではなく「リアルタイム」で収集することが重要です。
【タイミング別の対応表】
| タイミング | 収集すべき証拠 | 具体的アクション |
|---|---|---|
| 変更指示時 | 変更内容の書面 | メールで「Rev.2への変更を承知しました。追加費用が発生します」と返信 |
| 着手前 | 暫定見積り | 「概算で追加●万円」と提示 |
| 作業中 | 工数記録 | 日報・週報で追加工数を記録 |
| 完成時 | 最終集計 | 当初見積との差分を計算書化 |
中堅・大企業の場合、取適法による協議強制がないため、 事前の書面化と証拠収集が特に重要です。
7. 結び:正当な対価の確保が、企業の技術を守る
仕様変更の無償受け入れは、短期的な関係維持には繋がるかもしれませんが、長期的には自社の収益基盤を少しずつ損ない、次なる技術投資の余力を奪います。
2026年、日本全体の取引適正化が進む今こそ、取適法の対象外である企業もまた、契約法理と商法の原則に基づいた正当な対価の確保を見直す機会ではないでしょうか。
「大手相手に、契約の不備を突いてまで請求できるのか」
「現場がすでに動いてしまった後だが、今からロジックを組めるか」
――こうした懸念をお持ちであれば、ぜひ一度ご相談ください。
現場を知る弁護士が、貴社の技術的貢献を筋道の通った法的根拠へと整理し、正当な対価の回収を支えます。
「持ち出し」を、正当な対価に変えませんか?
取適法の対象外であっても、図面・仕様変更への対応に対価を請求することは民事上の正当な権利です。 契約法理と商法512条を組み合わせた回収戦略を、共に構築します。
- 「取適法の対象外だが、追加費用を請求できるか確認したい」
- 「現場がすでに動いてしまっているが、今からロジックを組めるか相談したい」
- 「大手との取引で、契約書に変更管理の条項を整備したい」
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経済的利益の額に応じ、旧日弁連報酬基準に準拠して算定します。
| 経済的利益の額 | 着手金 | 報酬金 |
|---|---|---|
| 300万円以下 | 8% | 16% |
| 300万円超 3,000万円以下 |
5%+9万円 | 10%+18万円 |
| 3,000万円超 | 3%+69万円 | 6%+138万円 |
※すべて税別。事案の複雑性・難易度に応じて柔軟にお見積りいたします。
