イラン・ホルムズ海峡封鎖と不可抗力条項:製造業サプライチェーン契約の緊急確認ポイント

1. はじめに:今まさに問題になっている

「原材料が届かない。完成品が納期どおり出荷できない。顧客から損害賠償を請求されるか。」
「原油・輸送コストが急騰した。追加コストを相手方に転嫁できるか。」

2026年2月28日、米国とイスラエルはイランへの大規模な軍事攻撃を開始し、最高指導者ハメネイ師が死亡しました。これを受けてイランの革命防衛隊はホルムズ海峡の航行禁止を宣言し、事実上の封鎖状態が続いています。日本関係船45隻がペルシャ湾内に足止めされ、中東経由の原油・液化天然ガス・原材料の輸送は実質的に停止しました。
この事態は、製造業を営む多くの日本企業にとっての緊急事態でもあります。

冒頭の問いへの答えは、契約書に何が書かれているかによって大きく異なります。

本記事では、製造業のサプライチェーン契約における不可抗力条項を、日本語契約と英文契約の双方の観点から実務的に整理します。


2. 製造業サプライチェーンへの三つの影響局面

今回の事態が製造業の契約関係に与える影響は、大きく三つの局面に分けて考えることができます。

局面① 原材料・部品の調達停止

中東経由で調達していた原材料・部品が入荷しなくなります。この場合、サプライヤー側の問題は「納品できない」ことであり、納品先から債務不履行責任を追及されるリスクが生じます。不可抗力条項は、サプライヤーがこのリスクから免責されるための根拠として機能し得ます。

実際に、カタールの国営エネルギー会社カタール・エナジー(Qatar Energy)は2026年3月4日、LNG全出荷についてforce majeure(不可抗力)を宣言しました。クウェート石油公社(Kuwait Petroleum Corporation)、バーレーンのBapco Energiesも相次いでforce majeureを発動しており、製造業サプライチェーンの上流でも同様の動きが広がっています。

局面② 完成品・製品の納品遅延

自社が完成品を顧客に納品する義務を負っている場合、原材料の調達停止が上流で発生することにより、下流での納品が遅延します。「自分は悪くないのに、顧客から遅延損害金を請求される」という事態が発生し得ます。

ここで見落とされやすいのが、サプライチェーンの各層の契約の独立性・不連鎖です。上流の免責は下流に自動的には及びません。上流のエネルギー・原材料サプライヤーからforce majeureを援用された場合、そのことは納品先である顧客との契約において自社が不可抗力を援用できることを意味しません。上流契約と下流契約では、不可抗力条項の文言・準拠法・通知期限がそれぞれ異なる場合があり、「上流から不可抗力宣言を受けた」という事実だけでは、下流側での免責の根拠にはなりません。自社の下流契約における不可抗力条項が今回の事態を独立してカバーしているかどうか、各層の契約を個別に確認する必要があります。

局面③ 価格急騰・コスト上昇

原油価格の高騰、迂回ルート(喜望峰回り等)への転換による輸送コストの急増は、予定していた製造原価を大幅に上回る事態をもたらします。

この局面③については、不可抗力条項は原則として使えない点に注意が必要です。不可抗力条項が免責するのは「履行できないこと」であって、「履行するとコストが増加すること」ではありません。迂回ルートでの輸送が可能である限り、コスト上昇を理由に履行義務を免れることは、日本語契約・英文契約を問わず困難です。

追加コストの転嫁には、価格変更条項(Price adjustment clause)やハードシップ条項(Hardship clause)が別途必要になります。日本法の適用がある場合、一定の要件をみたせば、日本民法の「事情変更の原則」を主張し、契約の改定・解除が認められる余地はあります。ただし、要件は厳格です。


3. 日本法の基本:不可抗力条項がなくても免責されるか

日本法を準拠法とする契約において不可抗力条項が設けられていない場合でも、民法の規律が一定の免責を与える場合があります。

民法415条1項は、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」として、ただし書きにおいて、帰責事由のない債務不履行について損害賠償責任を否定しています。

このため、天災地変等の典型的な不可抗力的事象については、契約書に不可抗力条項がなくとも民法上の免責が認められる余地があります。ただし、民法415条1項ただし書が機能するのは債務の履行が不能である場合が前提であり、喜望峰経由の代替輸送や別ルードでの調達など代替手段が存在する場面では、「履行不能」の認定自体が困難になります。

また、今回のような「戦争に準じる武力紛争」の場面では、以下の点に注意が必要です。

「帰責事由なし」と評価されるかが争いになり得ます。特に、当事者がリスクを予見し得た、あるいは代替調達手段が存在したと主張される場合、免責が認められない可能性があります。今回の事態は、2025年6月の「12日間戦争」(イスラエルによるイラン核施設への攻撃とその報復に端を発した短期武力衝突)を経て再発した紛争であり、「中東情勢の緊張は前回攻撃以降、一定程度予見できた」という反論が相手方からなされるリスクもゼロではありません。

また、免責の効果の範囲(損害賠償責任のみか、履行義務そのものも消滅するか、解除権まで発生するか)について、契約書に明記がなければ争いになりやすいです。

不可抗力条項を設ける実務的な意義は、①個別の事象が免責に該当するかの予見可能性を高めること、②免責の効果・事後の手続を明確にすること、③緊急場面での両当事者間の紛争を予防することにあります。今回のような事態が発生してから「あの条項はどう解釈するのか」と争うことは、双方にとっての損失です。


4. 日本語契約の不可抗力条項:「戦争・武力紛争」は入っているか

日本法を準拠法とする契約に不可抗力条項が設けられている場合でも、内容次第では今回の事態をカバーできないことがあります。

典型的な日本語不可抗力条項の例は、次のようなものです。

「天災地変、戦争、暴動、内乱、自然災害、法令の制定改廃その他甲及び乙の責に帰すことができない事由による本契約の全部又は一部の履行遅滞若しくは履行不能については、甲及び乙は責任を負わない。」

この例では「戦争」「暴動」「内乱」が列挙されており、今回のような武力紛争は一応カバーされているように見えます。しかし、「海峡封鎖」「軍による航行禁止措置」「輸送インフラへの攻撃」が明示されていない場合、これらが「戦争」に当たるのか、また、バスケット条項(「その他当事者の責めに帰せない事由」)に包摂されるかどうか、解釈上の争いが生じ得ます。

ただし、日本法を準拠法とする契約では、列挙事由に漏れがあっても、バスケット条項や民法415条1項ただし書によって補完される余地があるため、解釈上の幅が一定程度あります。

しかし英文契約では話が異なります。次章で詳述します。


5. 英文契約のForce Majeure条項:日本語契約との決定的な違い

英文契約における不可抗力条項(Force Majeure)について、今回の事態を踏まえながら実務的な観点から詳述します。ここは日本語契約との比較において最も重要な部分です。

5-1. 英国法の大原則:「書いていないことは効かない」

英国法において、Force Majeureは法律上当然に成立する概念ではありません

日本法では民法415条1項ただし書が存在するため、不可抗力条項がなくとも一定の免責が認められる余地があります。これに対し英国法では、Force Majeureは純粋に当事者が契約書に定めた内容のみによって効果が生じます。契約書に明示的に組み込まれていなければ、Force Majeureという概念自体が存在しないものとして扱われます。

この大原則から、英文契約における実務上の要請が導かれます。何が免責事由になるか、その効果はどうなるか、どのような手続が必要か、すべてを契約書に書き込む必要があります。

代替手段として契約目的不達成(Frustration)の法理がありますが、「当初の契約目的が根本的に達成不能になった」という極めて高いハードルが求められ、ホルムズ海峡封鎖による輸送遅延・コスト上昇がこれを満たすと認められるケースは限定的と思われます。

5-2. 列挙事由の問題:「war」と書いてあれば十分か

英文契約のForce Majeure条項には、免責事由が列挙される形式が一般的です。典型的な列挙事由には、”war, acts of terrorism, natural disasters, strikes, government actions”等が含まれます。

しかし今回のような事態を踏まえると、”war”という文言だけでは不十分な場合があります。

「宣戦布告のない軍事行動」問題があります。英法の解釈において、”war”は正式な宣戦布告を前提とする概念として解釈される場合があります。今回の米国・イスラエルによるイランへの攻撃は、正式な宣戦布告を経ていない「軍事行動」です。英法の先例(コソボ/NATOの紛争に関連する仲裁事案等)では、宣戦布告のない軍事作戦が”war”の条項を発動しないと判断されたケースが存在します。

したがって、英文契約では、以下のような幅広い表現を明示的に列挙することが重要です。

  • “war, whether declared or undeclared”(宣戦布告の有無を問わない戦争)
  • “armed conflict”(武力紛争)
  • “military operations”(軍事作戦)
  • “blockade”(封鎖)
  • “government action or restriction”(政府による行動または規制)
  • “requisition or nationalization”(徴発・国有化)

「ホルムズ海峡封鎖」という今回の具体的事象は、”blockade”または”government action”として捉えることができますが、これらが条項に列挙されていなければ援用が困難になる可能性があります。

5-3. 「beyond the reasonable control」方式の限界

列挙方式の問題点を回避するため、包括的な表現として”beyond the reasonable control of the party concerned”(当事者の合理的な支配の及ばない事由)という書き方を採用することがあります。

この方式には一定のメリットがあります。列挙漏れのリスクを軽減できるため、今回のような新たな事象にも柔軟に対応できる可能性があります。

しかし英国法の解釈上、この包括条項にも重要な限界があります。

「履行が不可能」でなければ援用できない問題があります。英文契約のForce Majeure条項が援用できるのは、原則として当事者が契約上の義務を”prevented from performing”(履行することが不可能)な場合です。単に履行が困難になった(hindered)、コストが増加した(コスト上昇)という状況は、通常これに該当しません。

今回の事態では、ホルムズ海峡の封鎖により中東発着の通常ルートが使えなくなっているが、喜望峰(南アフリカ回り)経由の迂回ルートは依然として存在します。この迂回ルートによる輸送が可能である限り、英法の解釈上は「履行が不可能」ではなく「履行コストが増加した」にとどまると判断される可能性があります。

この点は、Force Majeure条項の文言に”hindered”や”delayed”まで含めることで対応できる場合がありますが、契約交渉力の差によっては相手方に受け入れてもらえないことも多いです。

したがって、実務上は、包括条項一本に頼るのではなく、想定されるリスク事象を個別に列挙した上で、包括条項をバックアップとして置く方式が望ましいといえます。

5-4. 通知義務(Notice Requirement)の問題

英文契約特有の問題として、通知義務(Notice Requirement)があります。これは日本語契約にはほとんど存在しない概念であり、英文契約の実務において最も見落とされやすい点の一つです。

英文Force Majeure条項では通常、免責を援用しようとする当事者に対し、不可抗力事象の発生後一定期間内(5日、10日、14日等、契約によって異なる)に相手方に対して書面で通知することが義務付けられています。典型的な条文は次のような内容です。

“The party seeking to rely on force majeure shall notify the other party in writing within ten (10) business days of the occurrence of the force majeure event, specifying the nature of the event and its expected duration.”

この通知義務には重大な法的効果があります。通知期限を徒過した場合、Force Majeureの援用権を喪失するということです。不可抗力事象が客観的に存在していたとしても、通知要件を満たさなければ、契約上の免責を主張することができなくなります。

今回のような事態では、ホルムズ海峡封鎖の宣言(2月28日)からすでに一定日数が経過しています。英文契約を締結している当事者は、今すぐ自社の契約書を確認し、通知義務の有無と期限を確認する必要があります。

通知の内容についても注意が必要です。単に「Force Majeureが発生した」と通知するだけでは不十分で、不可抗力事象の具体的な内容、予想される継続期間、契約上の義務への影響等を特定することが求められる場合が多いです。

英文契約書のレビュー全般については、別記事でも解説しています。

5-5. 免責の効果の範囲:損害賠償免責だけか、解除権まで生じるか

英文契約のForce Majeure条項において、免責の効果がどの範囲に及ぶかは条文によって異なります。

最も基本的な効果は、不可抗力事象が継続する間の損害賠償責任の免除です。しかしこれだけでは、不可抗力事象が長期化した場合に契約関係がいつまでも宙吊りになるという問題が生じます。

実務上重要なのは、一定期間以上の継続により契約解除権が発生するかという点です。例えば次のような条文があります。

“If the force majeure event continues for a period exceeding sixty (60) consecutive days, either party may terminate this Agreement upon [thirty (30)] days’ written notice to the other party.”

このような解除権条項があれば、当事者はいつまでも履行不能状態に拘束され続けることなく、契約関係を終了させることができる。逆に言えば、この条項がない場合、一方当事者が「事態が改善するまで待つ」と言い続ける限り、相手方は契約を解消できない可能性がある。

また、契約解除に際して、すでに履行した部分の精算(代金支払義務の扱い)をどうするかも明確化しておく必要があります。

BIMCOの標準的な不可抗力条項(海事契約で広く使われる)では、免責期間・解除権の発生・精算方法についての詳細な規律が設けられており、これを参考にした条文設計が実務上有効です。

5-6. 英文Force Majeure条項のドラフティング実務への示唆

今回の事態を踏まえ、英文契約のForce Majeure条項についての実務上の留意点をまとめると次のとおりです。

既存契約については、以下を確認してください。

  • 免責事由の列挙に”war(declared or undeclared)””armed conflict””blockade””military operations”が含まれているか
  • 包括条項(”beyond reasonable control”等)の有無とその文言
  • 通知義務の期限(今回の事態について期限が迫っていないか)
  • 免責の効果の範囲と解除権発生要件

新規・更新契約については、今回の事態を踏まえた条項の見直しを検討します。ただし、相手方(特に欧米企業)との交渉では、先方がすでに今回の事態を認識している以上、不利な条件を飲まされるリスクもあります。新規契約交渉においては、想定リスクを明示的に列挙した包括的なForce Majeure条項の採用を強く求めるとともに、履行不能(prevented)に加えて履行遅延(hindered/delayed)をカバーする文言の採用を目指すことが考えられます。


6. 今すぐやるべき実務チェックリスト

今回の事態を踏まえ、製造業の法務担当者・経営者が今すぐ確認すべき事項を整理します。

契約書の確認

  • 主要なサプライヤー契約・販売契約に不可抗力条項があるか
  • 日本語契約:列挙事由に「戦争」「武力紛争」「政府措置」「封鎖」等が含まれているか
  • 英文契約:免責事由に “war (declared or undeclared)””armed conflict””blockade””military operations””government action” が含まれているか
  • 英文契約:通知義務の有無と期限を確認する(期限が迫っている場合は直ちに対応)
  • 免責の効果の範囲(損害賠償免責のみか、解除権まで生じるか)を確認する
  • 準拠法・仲裁条項を確認し、英法準拠か日本法準拠かを把握する

事実関係の記録

  • 不可抗力事象の発生日・内容(ホルムズ海峡封鎖の宣言、航行禁止措置の日時等)を記録する
  • 自社の契約上の義務への具体的な影響を文書化する
  • 代替調達・輸送手段の検討状況を記録する(「代替手段を検討したが困難だった」という記録が後の免責主張に重要)

相手方への対応

  • 通知義務がある場合、期限内に書面で通知する
  • 現時点での見通し(影響の内容・期間)を相手方と共有し、契約関係の調整を協議する

7. まとめ

ホルムズ海峡封鎖という前例のない事態を前に、「自社の契約はどうなるのか」という問いへの答えは一つではありません。答えは、契約書に何が書かれているかによって決まります。

日本語契約では民法415条1項ただし書という安全網が存在しますが、喜望峰経由での代替輸送や別ルートからの調達が物理的に可能である以上、履行不能の認定は容易でなく、その機能する場面は限定的です。英文契約においても、コモン・ローのFrustration法理という安全網は存在しますが、適用のハードルは極めて高く、実質的に機能するケースは限られます。いずれの法体系においても、契約書に不可抗力条項を設けることの実務的重要性はここにあります。英文契約では加えて、Force Majeureの概念自体が成文法上存在しないため、書かれていないことは効かないという大原則が貫かれます。

英文契約において最も実務上のリスクが高いのは、通知義務の徒過免責事由の列挙漏れです。いずれも、契約書を今すぐ確認することで対処できる問題です。

今回の事態を契機に、サプライチェーン契約の不可抗力条項を見直す機会とすることをお勧めします。